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ミレーナ物語(5) ミレーナが動機付けた研究から新治療薬の提唱へ

2022.03.21

神戸大学名誉教授(産科婦人科学)丸尾 猛

筋腫女性の子宮腔内にミレーナを装着すると、ミレーナから放出される合成黄体ホルモンが子宮内膜へ働き、内膜細胞の増殖が抑えられて子宮内膜が薄くなり、生理出血量が激減した。しかし、筋腫のサイズは縮小したものもあれば増大したものもあったため、黄体ホルモン(プロゲステロン;P)の子宮筋腫細胞への作用を調べたいと思い立った。

Pは子宮内膜細胞の増殖を著しく抑えたことから、当初、筋腫細胞でもPは増殖を抑えるのであろうと予想した。しかし、子宮筋腫細胞の培養系でPの作用を調べてみると、Pは、当初の予想に反し、筋腫細胞の増殖を高め、アポトーシス(細胞死)を抑え、筋腫細胞の発育を促進することが明らかとなった。つまり、Pは子宮内膜では増殖を抑制したが、子宮筋腫では、逆に、発育を促進することがわかり、プロゲステロン拮抗薬として働く選択的プロゲステロン受容体修飾薬Selective Progesterone Receptor Modulator(SPRM) が子宮筋腫の発育を抑制するのではないかと推察されるに至った。

この知見は画期的で、国際的に大きな注目を浴び、米国、イタリア、フランス、イスラエル、カナダでの講演に招かれた。その講演が契機となって、米国の1社からSPRM・アソプリスニルについて、フランスの1社からSPRM・ウリプリスタルについて、子宮筋腫細胞への作用を調べてほしいとの研究依頼を受けた。

そこで、子宮筋腫細胞培養系で依頼された2種類のSPRMの作用を調べると、2つのSPRMはともに筋腫細胞のアポトーシス(細胞死)を高め、増殖を抑え、血管新生因子ならびに細胞外マトリックスの産生を抑えることが明らかとなった。この基礎研究が橋渡しとなり、SPRMが子宮筋腫の新しい治療薬になる可能性が注目されることになった。研究の展開を知ったオックスフォード大学から再びシンポジウム共催の申し入れがあり、「Translational Research in Uterine Biology」と題した国際シンポジウムを神戸で開催し、論文集をElsevier社から出版して(写真)SPRMによる子宮筋腫治療の可能性を世界に向けて提唱した。

実際、その後欧州で、過多月経・月経痛を訴える子宮筋腫女性を対象にSPRMの大規模臨床試験が行われ、ウリプリスタルの経口投与によって、エストロゲン低下を起こすことなしに、筋腫は縮小し、過多月経・月経痛も改善することが確認された(N Engl J Med 2012 ; 366: 421)。こうして子宮筋腫の新治療薬として、まずウリプリスタルが実用化され、2018年に欧州で、2019年に米国で、過多月経を有する症候性子宮筋腫に対して承認された。日本でも臨床試験を経て、2019年にウリプリスタルの承認申請がなされたが、欧州で重篤な肝障害事例が発生し、新規承認が困難となったのは残念であった。欧州では限定された適応症での承認が維持されている。

ミレーナは徐放性に放出される黄体ホルモンが子宮内膜に働き内膜組織を萎縮させて過多月経を改善するが、他方、SPRM(選択的黄体ホルモン受容体修飾薬)は子宮筋腫に働き筋腫自体を萎縮させて過多月経を改善する。SPRMは多種開発されており、今後、安全性で問題のないSPRMが見い出され、症候性子宮筋腫の治療に使用できる日が来ることを待ちたい。

子宮筋腫の新治療薬提唱に繋がる一連の研究はミレーナに動機付けられたものであり、ミレーナとの出会いに感謝、感謝である。